脳内日記

あることないことなんでも書きます。

ギャップ

暇。暇である。私はどこか旅行へ行くといったアウトドアな趣味がなく、がしかしインドアな趣味もこれといっているわけではないので、暇を持て余していた。

 

しかし、本来大学三年の夏休みといえば周りはインターンに行き、合同説明会に行き、合間に恋人と旅行してなど忙しいものである。

 

それに反した毎日に対して母親は小言をいうことが多くなってきた。インターンは、あんたインターンは行かないのかいと。

 

インターンの意味知ってて言ってる?ねえ。インターン言いたいだけの意識高い大学二年生みたいになってるよ、52歳のおばさんからおばあさんへの過渡期であるそこのあなた。

 

困った、どうしたものかと思い、しかし家に留まっていては小言を言われるのは分かりきっていたので、最近は別に切りたくもない髪を切りに美容院に行き、別に着たくもない服を探しに洋服屋に行き、別に変える必要のないメガネのフレームを変えに眼鏡屋に行ったりなどして凌いだ。

 

しかし元々物欲がない私は早々に行くところがなくなり、最近は苦肉の策で近場のドトールで時間を潰すことが多くなった。

 

二階から駅を見渡すとまばらに人がいる。その人の流れをただぼんやりと見る。

 

すると1人の女がいそいそと自転車を漕いでいる様子に目が止まった。

 

なぜ目が止まったのか。

自分でも分からないままぼんやりと見る。

 

女は白い、襟と袖がふわふわした、半袖の、名称が分からないがとにかく女が着ていそうなものを着て、下はミニスカートにハイヒールであった。およそ自転車を漕ぐにそぐわない格好で、しかし懸命に、ガニ股になりつつ懸命にこいでいた。

一応言っておくが別に見えそうで気になっていたわけではない。断じてない。絶対領域のそのさきはパンドラの箱である。その箱を開けられるのは私ではない。私のカギでは開かない。もしかしたら既に開封済み、、、やめておこう。

 

自転車は大きめなママチャリであり、それもお洒落な格好にそぐわないものであった。

 

自転車を置いたあと、女は風で最早たてがみとなった前髪を下ろして整え、颯爽と駅に消えていった。

 

その様子を見た私は思った。

「これがギャップ萌えか」と。

 

以下はおそらく事実と相違ない私の妄想である。

おそらく女には男がいる。あるいは男に準ずる気になる男がいる。そしてこの時女はこの男と待ち合わせをしていたのであろう、女の前髪を整えている時の表情から一目瞭然だ。付き合うかどうかの瀬戸際、あるいは付き合って初めてのデートで気合をいれていたこの女、朝から化粧やら洋服のコーディネートやらで大忙しだ。勝負服は襟がフリルになっている白い女がさらに白く見せるために着そうな服。下は黒のミニスカートにハイヒールで一般的な大学生の男が好きそうな恰好である。この女が好いている男はマッシュヘアーに指が第一関節までしか入らないような底が浅い鞄を首から前に下げ、路上で大したストレスもないくせにたばこを吸いながら「落ち着くわあ」とほざく様な男である。ついでに言うとこの男の音楽の趣味はking gnuである。一曲しか知らずに彼らの特徴を流暢に語り、唯一知っている曲名を「白目」だと思っているような奴である。

私はこの女が不憫でならない。おそらくこの女はking gnuなどは趣味ではない。キンプリや嵐が好きなのだ。しかし男の「アイドルとかの顔で売ってるような曲は本物のアーティストじゃねえ」とかいう人の気持ちを考えない暴論により気持ちを胸に留めなくてはならなくなっている。その上女はママチャリに乗っていることを隠している。男の前では女はおしゃれであり、決して普段はママチャリにガニ股で乗るような人間であることを晒したりはしないはずなのだ。

 

女のギャップは尊いものだ。ふだんから男の前ではかわいらしく、乙女な姿を見せたい。しかし、大学生たるもの全てをおしゃれにすることはかなわなかったのだろう。自転車はママチャリしかない。小学生のときに乗っていた赤い自転車はちいさすぎて乗れない。親から譲り受けたこのママチャリ。乗る恰好として優れているのはおそらくジーパンにサンバイザーである。しかし男にそんな姿を見せるわけにはいかない。女は世間の評価と男の評価を天秤にかけたはずである。世間の無数の目にパンチらを晒す恥辱と男に好かれたいという気持ち。それを測った結果があのがに股走法である。この女の決断、これこそがギャップ萌えではないか。その他大勢を切り捨てて一人の男を取る覚悟。これがギャップ萌えの本質である。

 

それが分かった私は、感嘆した。それと同時に、やはりこの女が不憫でならなかった。男はおそらく気付かないからだ。女がどれほどの思いでその場に来ているかを。そして何も考えず「遅刻じゃん。遅えよ。」とたばこ臭い口で放つのだ。

 

恋は盲目というが、これほど他人の恋に刮目している人間はいないであろう。

女よ、そのうち察する。その男に未来が無いことを。そしてまた同時に気付くだろう。

お前のすべてを見抜き、受け入れんとするドトール二階のニートに。